インターネットの恐ろしさ

知識の集合体、それを自由に出し入れできる素晴らしい仕組みとしてのインターネットも、ときには個人の生活や安全を脅かす存在になることがあります。インターネットを利用する際、その巧みさや安全性を左右するのが「個人のリテラシー」です。リテラシーとは情報化社会の仕組みをいかに使いこなせるかという一種の「スキル」といっていいでしょう。

そのリテラシーは私たちのインターネット上の行動を支配する私たちが持つ「インターネットの基本」です。その「基本」が人によって異なるため、悪意のある一部の人間がリテラシーの低い人を騙そうとするような事態が頻発するのです。例えば「コンピューターウイルス」です。これらは愉快犯的な動機で用いられる場合もあれば、個人の財産に関わるような重要な情報を引き抜くために用いられることもあります。「インターネットセキュリティ」に関するアプリケーションをパソコンなどの端末にインストールすることは「基本」ではありますが、その「基本」を「知らない」場合、その人の常識は「そうではない」のです。そこに漬け込んでコンピューターウイルスは攻撃をしかけます。

世界にはさまざまな人がいます。「今日はじめてインターネットを使った」という人もいるのです。そのような人にとってはインターネットの脅威などは知るすべもないことなのです。リテラシーが低いということは誰でも最初はそうなのです。それを補完するためのさまざまな知識や技術が存在してはいますが、そこに目を向けない限り、無防備な状態でインターネットを利用できてしまうのが実際です。インターネット上にはさまざまな悪意が存在します。それはインターネットを構成する根本が私たち「人間」だからであり、世の中にはさまざまな人がいるからです。インターネット上での悪意のある行動、他人の財産を脅かしたりするような行動は法律で禁止されています。なのに、そのような行為がなくならないのは人の「性」でもあります。法律で禁止されればされるほど、それをかいくぐる人が現れます。それを撲滅することも大切ですが、そのような「犯罪」に準じたことに引っかからないようにするのも大切です。

インターネットは無防備な状態では楽しめません。どこに「ウイルスサイト」が存在しているのかがわからないのです。それを知らせてくれるセキュリティソフトの利用は必須です。それを「知る」こと、インターネットは「危険」であることを知ることが、正しいリテラシーを身に付ける第一歩でもあるのです。私たちはすでにインターネットなしでは生活できなくなっています。インターネット上の情報は私たちの生活に潤いと恵みを与えるものです。そのようなインターネットですから、日常生活の空き巣やスリと同じように、財産を脅かそうと考える者も存在するのです。それらの「悪意」から身を守るためには、「どうすれば安全か」ということを考え、実践する他ないのです。
インターネットをより便利に、より快適に利用するためには、「セキュリティ」だけはしっかりと押さえておきましょう。セキュリティに関する知識は「プログラム」の知識などのように煩雑なものではありません。

 

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